●研究発表(1)「ベトナム映画の現状 ― 政策転換による改革と問題点」

  • 野辺優子(東京外国語大学大学院博士後期課程)/司会:中垣恒太郎(常磐大学講師)
  • ベトナムは共産党一党独裁の国として、1986年から市場経済化、対外開放化などを大胆に推し進める「ドイモイ」政策を始めた。以降、映画も政策実行の重要な担い手として、その役割を重視されると同時に、自身も大きな変化を強いられることになった。ベトナム映画は、ドキュメンタリーや宣伝プロパガンダ的な意味合いが濃いが、いわゆる「文化」としての映画にも50年ほどの歴史を持つ。1990年代に入って、フランス在住のベトナム出身映画監督、トラン・アン・ユンが、ヨーロッパを中心とした国際的評価を得たこともあり、ベトナム国内でも文化政策としての映画の役割を見直す必要性が生じる結果となった。一昨年から、映画会社の株式化・法制化への動きも始まり、現代ベトナム映画を考察することは、文化的な側面からの関心だけでなく、「ドイモイ」政策の動向や、ベトナム社会の変革を分析する上でも有意義だと思われる。本発表では、簡単なベトナム映画の歴史や主な作品等を紹介することからはじめ、現在のベトナムの国としての映画の取り組みや実態の現状、さらに実際に映画の現場に携わる関係者へのインタビューを通して、今ベトナム映画が抱えている問題点を浮き彫りにしたい。

●研究発表(2)「バズ・ラーマン監督のWilliam Shakespeare’s Romeo + Juliet (1996) ― 眠らないロミオが見た 「夢」 と 「幻覚」 に凝らされた意匠」

  • 住田光子(広島大学大学院博士後期課程)/司会:中垣恒太郎(常磐大学講師)
  • ウィリアム・シェイクスピア (William Shakespeare 1564-1616) の戯曲Romeo and Juliet (1594-96) に登場するロミオ (Romeo) は、夜わずかの眠りしか取らない人物として描かれ、“dream-believer” として解釈されてきた。オーストラリアの映画監督バズ・ラーマン (Baz Luhrmann 1962-) は、この古典をポストモダンの産物として映画脚色してゆく際に、シェイクスピアのテクストを尊重し、夜の闇の中で生きるロミオの見た夢を描写するとともに、シェイクスピアの書かなかった幻覚をスクリーン・テクストの中に取り込んでいる。そのように、登場人物にだけに見えた幻覚を織り交ぜてゆく効果としては、ロミオを通して、現代社会において眠ることの出来ない抑圧された若者が抱える不安や、社会に対する抵抗の声を反映させていることが推測される。1997年ベルリン映画祭監督賞を受賞した一現代映画を通して、本発表では、種本やシェイクスピアのテクストの持つ夢の象徴性を取り上げた上で、ラーマンのスクリーン・テクストにおいて夢や幻覚に凝らされた意匠を明らかにすることで、現代に向けられた抵抗の声を読み取ってゆきたい。

●研究発表(3)「無声映画の奏楽から国民音楽の樹立まで ― 山田耕筰の映画音楽とその周辺」

  • 大傍正規(京都大学大学院博士後期課程)/司会:松田英男(京都大学大学院助教授)
  • 日本映画史初期に発行された映画雑誌『活動写真界』第7号によれば、1910年当時、映画に伴奏をつけるさまざまな出自と演奏能力を持った楽隊が存在していた。しかしながら、洋楽伴奏という観点からいえば、日本の映画館において洋楽はいまだ独立した地位を築けずにいた。ところが、1920年頃からにわかに洋楽が脚光を浴び始める。それまで演劇興行を専門にしていた松竹が、アメリカ式の映画製作手法を採用した「松竹キネマ」として第1作『島の女』(1920年)を日本における交響楽運動の先駆者である山田耕筰の大管弦楽団による伴奏をつけて発表した。ここに、それまで見られることのなかった本格的な洋楽の伴奏/奏楽が始まったのである。本発表では、『島の女』をはじめとして、トーキー最初期の試みである『黎明』(1927年)や日独合作映画『新しき土』(1937年)で音楽を担当した山田耕筰の経歴を映画史的にたどりなおすことによって、彼の映画音楽に対する取り組みの中で、洋楽伴奏という制度の確立とその破壊(「国民音楽」の発見)とが同時に進行したことを明らかにしたい。

●研究発表(4)「アメリカ映画史における社会科学的知の役割 ― ペイン財団研究の再考察を中心に」

  • 大澤 浄(京都精華大学非常勤講師)/司会:松田英男(京都大学大学院助教授)
  • いわゆるペイン財団研究は、1920年代後半のアメリカ社会における映画の大衆的浸透を深刻な社会問題と受け止めた改良主義者たちによって企画され、当時社会科学の第一線で活躍していた学者たちを動員することによって実施された、はじめての本格的な映画観客研究である。八冊の研究書と一冊の解説書を公刊したペイン財団研究は、直後にカトリックの礼節同盟を中心として起こった映画ボイコット運動とそれに対応したハリウッド映画業界の自主検閲強化という政治的折衝の中で存在感を失っていったが、近年コミュニケーション学者のガース・ジャウエットらによって大衆メディア研究の重要な源流として再評価されつつある。本発表では、それら最新の研究をふまえながら、ペイン財団研究の歴史的変遷をたどり、映画=大衆メディアムの改良という社会運動とそこに動員された社会科学が取りもった共犯関係の複数の局面を明らかにする。さらに、そこで象徴的に問題とされた「子どものメディア読解」をめぐる言説を分析し、今日に至るまで引き継がれているその問題点と可能性を考察する。