●研究発表(1‐1)「イディッシュ期のE・G・Ulmer ― アメリカ合衆国の中の東欧」

  • 平井克尚(京都大学大学院博士後期課程)司会:名嘉山リサ(沖縄工業高等専門学校講師)
  • 1940年代、西海岸ハリウッドに渡り、PRCなどのマイナー・スタジオで幾つものB級映画の製作に携わったことで知られるE・G・Ulmer。そんな彼のニューヨーク時代、特にイディッシュ期(1937‐1940)の映画に焦点を当てて考察する。『グリーン・フィールド』(1937)、『歌う鍛冶屋』(1938)、『ライト・アヘッド』(1939)、『アメリカの結婚仲介人』(1940)。Ulmerは、1930年代にハリウッドのメイジャー・スタジオ、ユニヴァーサルでよく知られる『黒猫』(1934)を撮ったりした後、東海岸に渡り、マイノリティーのための映画製作に携わる。その一つがイディッシュ映画の製作である。イディッシュ映画は20世紀初頭から東欧、ロシア、アメリカといった各地で製作されていた、イディッシュ語を話す人々を観客とする映画である(第1期:1911‐1917、第2期:1917‐1929、第3期:1929‐1934、第4期:1935‐1944、第5期:1945‐)。そして、その最も充実したものが製作された時期が1930年代の半ばである(第4期)。Ulmerのイディッシュ期はそんな時期に交錯し、まさに彼の映画こそがそれを支えることになる。しかしUlmerのイディッシュ映画は、他の同時代のイディッシュ映画と同質的なものであったのか。そうではない。一見そのように解されうる余地があるが、当時の製作経緯などを調べるとそうではなかったことが浮かび上がってくる。本発表においては、そのことをも見据えつつ、同時代にハリウッドで製作されていたものとは異質なUlmerのイディッシュ映画の可能性を探りたい。

●研究発表(1‐2)「物語の語り手は誰か ― 『チャーリーとチョコレート工場』試論」

  • 新屋敷健(大阪外国語大学非常勤講師)/名嘉山リサ(沖縄工業高等専門学校講師)
  • ハリウッド映画における異文化・人種表象はつねに物議を醸してきた。近年では、ティム・バートン監督の『チャーリーとチョコレート工場』が、その人種表象に関し批判されている。この映画は「ウンパ・ルンパ」と呼ばれる架空の有色人種のすべての登場人物をCGを駆使して同じ1人の俳優に演じさせたために、ロアルド・ダールによる同名原作が孕む、人種主義・植民地主義的要素を、不必要に強調していると批判された。しかし、この映画が誰の視点から語られているかという点を考えると、上記の批判はこの映画が実は錯綜した物語構造を持っていることを考慮していない。なぜなら、この映画には姿を現さない全知の語り手によるヴォイス・オーヴァーのコメントが挿入されるが、映画を締め括る最後のコメントが、このヴォイス・オーヴァーによって語られるときにスクリーンに現れるのは、「ウンパ・ルンパ」を1人で演じていた例の俳優だからである。果たしてこの全知の語り手は誰なのだろうか? この物語映画は、本当は「ウンパ・ルンパ」の視点から語られているのだろうか? ティム・バートン監督の前作『ビッグ・フィッシュ』で語り手が語られる対象に変身するのとは逆に、この映画では語られる対象が語り手として最後に現れる。この意味を本発表ではポストコロニアル理論等を参照しつつ、考察していきたい。

●研究発表(2‐1)「マーティン・スコセッシの映画とカトリシズム」

  • 木谷佳楠(同志社大学大学院博士前期課程)/司会:日臺晴子(東京海洋大学准教授)
  • 2007年の第79回アカデミー賞、最優秀監督賞を受賞したマーティン・スコセッシは、七歳の時よりニューヨーク市のオールド・セントパトリック大聖堂で侍祭として勤めていたが、一時は聖職に就くことを志し、神学校へも通っていた。スコセッシは自らのことを「堕落したカトリック教徒」であると表現したり、「私のこれまでの人生の全てはずっと映画と宗教であった」と述べたり、キリスト教が彼に与えた影響の大きさについてしばしば言及しているが、スコセッシの映画を語るうえで極めて重要な彼の宗教観について焦点を当てられることはほとんどない。特にキリスト教的背景を持たない日本において、スコセッシの信仰については焦点を当てるどころかほとんど知られていないのではないだろうか。スコセッシのキリスト教観は1988年のイエス・キリストについての映画『最後の誘惑』において頂点を極めているが、彼の得意分野であるギャング映画(『ミーン・ストリート』や『グッドフェローズ』など)の中にもキリスト教的要素、たとえば《イエス的人物=孤独なヒーロー》や《血で血を洗う抗争=血による贖罪》など、多々含まれている。本発表では、ギャング映画のように、いわゆるキリスト教映画ではない作品を扱い、それらからスコセッシのカトリック的キリスト教観(カトリシズム)がいかに彼の作品に反映されているのかを明らかにすることを目的とする。

●研究発表(2‐2)「映画における屠場表現の可能性 ― 欧米のドキュメンタリー映画を中心に」

  • 岡田尚文(パリ第一大学大学院博士課程)/司会:日臺晴子(東京海洋大学准教授)
  • この11月、ニコラウス・ガイルハルター監督の『いのちの食べかた』(Unser t?glich Brot, 2003)が公開される。ドイツ語、ポーランド語圏で巨大産業化した食糧生産のあり方を極めて冷静に捉えたドキュメンタリー映画である。しかし、扱われているテーマからは想像しがたいことには、本作はPG-12指定を受けている。豚と牛が屠られるシーンが映倫によって「小学生にはちょっとショッキングである」と判断されたのだという。図らずも、この出来事は、屠場表現とホラー/サスペンスといった一般に規制を受けやすいジャンル映画との(あくまでも受容上での)親和性を想起させる。なぜなら実際、G・ノエの『カルネ』(91)やD・L・バウズマンの『ソウ3』(2006)等々の屠場を舞台とする映画のほとんどがやはりR指定を受けているからだ。こういった現象は、中世ヨーロッパにおいては町の中心部で行なわれていた屠畜が、近代以降、周縁化/不可視化された結果生じたものと巨視的・歴史的には捉えることができよう。つまり、現代人のほとんどは実際の屠場体験を喪失して久しく、往々にしてこれを「想像上で」再・生産/再・可視化しようと試みる。ところがその想像力があまりに貧弱であったためにいたずらに「ショッキング」であることが目指され、ジャンル化が引き起こされたというわけだ。だが、これらのいわばイマジナリーなフィクション映画とひたすら現実の屠畜を見つめようとするガイルハルターの映画とを同じ「ショッキング」という一言で括ることはできまい。この『いのちの食べかた』を、これに先行して屠場を扱ったドキュメンタリー映画、ジョルジュ・フランジュの『獣の血』(Le sang des b?tes, 1949)、フレデリック・ワイズマンの『肉』(Meat, 1976)と比較しながら、ドキュメンタリー/フィクション映画における屠場表現の可能性を問い直す。

●研究発表(3‐1)「《七人組》事件再考 ― トーキー移行期におけるスタジオ・システムについての試論」

  • 羽鳥隆英(京都大学大学院博士後期課程)/司会:大石和久(北海学園大学准教授)
  • 1932年から1933年にかけて日本映画界をにぎわせた、いわゆる《七人組》事件は、旧弊な作家主義的言説において以下のような図式のもとに理解されてきた。すなわち、映画を「商品」と認識する大手映画会社・日活と、反対に映画を「芸術」と認識する伊藤大輔・内田吐夢・田坂具隆ら映画作家とのメロドラマ的対立という図式である。しかし、同時代の映画雑誌、あるいは《七人組》が設立した「新映画社」の独立記念作品『昭和新撰組』(1932年)の脚本などといった一次資料を仔細に分析した場合、事態はより複雑な様相を呈してくる。なかでも本発表で着目したいのは、《七人組》の独立に呼応するかのように映画雑誌『キネマ旬報』の内部に発足したKSS(Kinema-Jumpo-Sha Studio Service)の日本映画史的な意義である。同誌の映画記者たちは、俳優が映画会社に専属する従来型のスタジオ・システムに風穴をあけ、フリー・ランス俳優=映画会社間における作品ごとの出演契約や、映画会社間における俳優の賃貸契約などを仲介することを目的に、KSSを発足させた。この目論見の背後にあるのは、サイレントからトーキーへの移行に付随するスタジオ・システム再編の間隙を突いて、制作現場に介入しようとする映画言説共同体の政治性である。本発表では、《七人組》の独立とともに発足し、《七人組》の離散とともに有名無実化したKSSの動向を跡付けることで、トーキー移行期のスタジオ・システムのありよう、ならびにそこにおける映画言説共同体の政治性のありようなどを素描したい。

●研究発表(3‐2)“Some Autobiographical Nature and Concerns of Takeshi Kitano's Takeshis’ (2005)”

  • Rie Karatsu (Lecturer at Siebold University of Nagasaki )/司会:大石和久(北海学園大学准教授)
  • Autobiographical film can be defined as a film produced by a director who discloses his/her life-story or one particular aspect of it. The methods used are often stylish and inventive and can take on the characteristics of documentary, as well as important and expressive forms of film theories. This paper reveals some autobiographical nature and concerns of Takeshi Kitano’s film, Takeshis’ (2005). With the obvious self-reflective title by name, Takeshis’ is one of the director's most personal films, in which he plays the two leading characters, both versions of himself: one an actor of film, and his blond double or, doppelg?nger, a humble convenience-store worker. Takeshis’  has a non-linear, expressionistic style, partly representing the controversial  content through allusions to Japanese postwar history, including the scenes contrasting between rich and poor, the images of American soliders at the war, the banned song of the 1960s, and anti-government Zengakuren protesters. The paper poses the following questions: Is the film conveying the director’s personal ideas about politics? If not so, is it merely inventing a self-indulgent and narcissistic film replete with flights of disjointed imagery representing the mind of the director?  With reference to Takeshis’, the paper explores the effect and meaning of non-linear, expressionistic autobiographical filmmaking.