●研究発表(1‐1)「『国民の創生』論 ― 編集ソフトlignes de temps」

  • 難波阿丹(東京大学大学院修士課程)/司会:井谷善惠(多摩大学専任講師)
  • 本発表ではD・W・グリフィス監督作品『国民の創生』(1915)を題材に、編集ソフト「lignes de temps」(タイムライン)を用いて、微視的なショット分析を行い、古典映画の成立期における時間の組織化を考察し、1910年代に製作された映画それぞれの構造的布置に、今日の映像メディアにおける感情統制の原型をみいだす試みである。『国民の創生』は、並行モンタージュ、クロースアップ、ロングショット、移動撮影、照明技術、音楽との同機など映画表現を基礎づける、多彩な技法を駆使した物語映画として、その興行成績からも、ハリウッド産業隆盛の端緒としての映画史上の意義を認められている。同作はトマス・ディクスンの小説The Clansmanに依拠し、小説の時系列および空間構成を映画的に編集する試行錯誤が、ナレーション画像の挿入およびモンタージュ構成において展開される。本発表は、ポンピドゥーセンターが開発した編集ソフト「lignes de temps」が可能にする微細なショット構成への目配りから、小説の語りから映画の語りへの移行をたどり、『国民の創生』の映画的な時空間がいかに組織立てられたかを詳細に検討したい。

●研究発表(1‐2)「張芸謀映画における身体、空間、秩序」

  • 周 イエン(京都造形芸術大学大学院博士後期課程)/司会:井谷善惠(多摩大学専任講師)
  • 「赤三部作」は張芸謀初期映画の中における傑作だと見られている。張芸謀はその初期映画において伝統的社会の中で生きる女性の悲劇を描いた。彼は第五世代の中で最も世界から注目される作家である。彼はまた、思想的な論理を重視する以上に、様々な技術的試みを通し、彼のイメージしたものを映画的真実として造形し、自分のスタイルを作り上げることに長けた作家でもある。初期に作られた「赤三部作」『紅いコーリャン(紅高粱)』(1987)、『菊豆』(1990)、『紅夢(大紅灯籠高高掛)』(1991)は、色彩的な様式美と画面の構図美に極限まで拘って、中国の伝統社会を描き、主人公の女性たちの情動とエロティシズムを表現していた。これまでの日本における張芸謀の研究は、1980年代半ばから1990年代中頃までの文芸映画を中心としたものが多い。1990年代半ば以後、激動する中国社会とともに、張芸謀を代表とする第五世代の作品も大きく変容してきた。ハリウッドのような娯楽映画はもう第五世代の作品の中で珍しくない。多くの映画研究者はこうした外国との合作映画はもはや純粋な中国映画ではなく、研究する価値がないと判断しているのだろう。しかし、娯楽映画だと言っても、決して研究する価値がないとは言えない。2000年以後に彼が制作した「時代劇三部作」『HERO(英雄)』(2002)、『LOVERS(十面埋伏)』(2004)、『王妃の紋章(満城尽帯黄金甲)』(2006)は、文芸映画から娯楽映画に逃避してしまった作品と多くの評論家に批判されている。中国国内外で毀誉褒貶を激しくされ、絶えず話題になる。本研究は、文芸映画と娯楽映画の規範、また映画史研究と映像論、および作家論の境界を転覆させてゆく可能性を試み、6つの作品を比較しながら、80年代から2000年以後の現在に至るまで、張芸謀映画における女性の表象及びその変化を明らかにしてゆく。その女性の表象を通して張芸謀の映画における「女性」と「秩序」の関係や、「個人」と「共同体」の関係、さらに、「共同体」と「共同体」の関係を見出し、中国映画、ひいては中国の時代や文化の在り様を浮き彫りにすることを目的とする。

●研究発表(2‐1)「1950年代から60年代にかけての日本映画産業の実情 ― 映画興行の視点から」

  • 北浦寛之(日本学術振興会特別研究員/京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)/司会:國友万裕(同志社大学非常勤講師)
  • 日本映画界の黄金期といわれる1950年代から斜陽期と位置づけられる60年代を中心に、映画興行の領域から当時の産業の実情を精察する。これまで映画の衰退の要因はテレビをはじめとする娯楽の普及だと考えられてきた。だが当時を振り返ると、他にもさまざまな問題があり、それに対する興行者たちの闘いが記録されている。一般的に黄金時代といわれる1950年代でさえ、興行者たちにとっては必ずしも輝かしい時代ではなかった。映画館経営は儲かる商売だと考えられ、劇場が相次いで建設された。それにより、興行者同士の激しい対立が生じ、彼らは他館との差別化のため入場料金のダンピングや非効率な3本立て興行を実施せざるをえなくなる。1960年代になると、主要な映画観客層である若者が就職などによって地方から都市へと大量に移動し、都市と地方の興行的格差が拡大する。全国的に観客数の減少に悩む興行者たちは入場料金の値上げと入場税の減税で急場をしのいでいたが、やがて深夜興行に活路を見出し、増収へとつなげていく。深夜興行が映画館経営にどれほど貢献したかを検証しつつ、それの映画史的意義と重要性を同定する。

●研究発表(2‐2)「映画のレコード伴奏 ― 帝政期ロシアの蓄音機・映画雑誌に見るフランス・パテ社のロシア市場開拓戦略とその波及効果」

  • 大傍正規(早稲田大学演劇博物館GCOE研究員)/司会:國友万裕(同志社大学非常勤講師)
  • 1919年8月27日、ウラジーミル・レーニンは映画産業国有化に関する歴史的布告を行なった。ソヴィエト映画史はここにはじまり、内戦の終結する1922年以降、独自の映画史的展開を見せてゆく。本発表は、比較的知られるその後のソヴィエト映画史ではなく、外国資本依存の資本主義体制下にあった帝政期ロシアの初期映画興行を研究対象とする。帝政期ロシアの映画観客は、自国が製作した映画より圧倒的に多くのフランス映画を受容していた。事実、ロシア最初の蓄音機・映画雑誌『シネ・フォノ』(1907‐1918)でも、創刊から廃刊までフランス・パテ社の動向を扱う記事や広告が紙面の中心を占めていた。本発表の目的は、早稲田大学戸山図書館が所蔵する帝政期ロシアの蓄音機・映画雑誌を詳細に検討し、フランス・パテ社のロシア市場開拓戦略、すなわち、Film dArt、SCAGLE等による芸術映画の試験的導入の経緯や、当時の市場で流通していたパテ社製映画(あるいはレコード)の主題的特徴やジャンルを分析することで、帝政期に試みられたロシア人自身による「ロシア映画(あるいはレコード)」製作に対する同社の市場戦略の波及効果を同定することである。

●ワークショップ「映画作品を分析するための方法 ― 柳町光男監督『カミュなんて知らない』」

  • 田代 真(国士館大学准教授)
  • 柳町光男監督(1945‐)といえば『19歳の地図』(79)、『さらば愛しき大地』(82)、代表作『火まつり』(86)など、日本社会において歴史的文化的社会的に疎外されたり周辺に追いやられて生きる若者たちの激烈にして破滅的な生を生々しくかつ極めて知的に描き出すことのできる稀有な映画作家として知られているが、最新作『カミュなんて知らない』(2005)はうってかわって現代の大学を舞台に映像ワークショップの授業で無動機殺人事件をテーマとする課題映画を制作しようとする学生たちと元映画監督であった指導教授の数日間の出来事を描いている。物語設定からうかがわれるように自己言及的な性格の強い作品だが、創造と(人)生、映画創造と「見ること」の関係、それにまつわる映画的文化的インターテクスチャリティ、映画を作ったり見たりすることを愛し、その喜びを他人に伝えようとすることの意味など、私たちにとって興味深い問題を提起している。本ワークショップではこの作品を手掛かりに映画の見方についてのさまざまなアプローチの方法について検討してみたいと考えている。