●研究発表(1‐1)「ドキュメンタリーとフィクションの狭間で ― 英国映画の一特徴としてのソーシャルリアリズム」

  • 木村めぐみ(名古屋大学大学院博士後期課程)/司会:山本佳樹(大阪大学大学院准教授)
  • 本発表は、英国映画(フィクション)の一特徴としての《ソーシャルリアリズム》について、「ドキュメンタリー」と「フィクション」という問題から考えようとするものである。
     このソーシャルリアリズムという言葉は英国映画が批評される際に「便利な言葉」として扱われ、その定義をめぐっては幾人もの研究者らが取り組んできた。このソーシャルリアリズムという言葉を用いて批評されてきた数々の英国映画の特徴を@製作方法とその目的、A美学・表現方法、B内容(問題とテーマ)という三つの側面から見出したLayは、この特徴の背景に1930年代のドキュメンタリー運動があるとした。ドキュメンタリー運動とは、ドキュメンタリーの父とも呼ばれるグリアソンらを中心に当時製作され、公開された映画の一連の製作・公開活動を指す。
     つまり、フィクションとして製作された映画の特徴としてのソーシャルリアリズムについて考えようとするとき、それを「フィクション」、「ドキュメンタリー」という側面から考察することが必要と考えられるのであって、本発表では幾つかの英国映画を事例としてあげながら、ソーシャルリアリズムという特徴について考えていきたい。

●研究発表(1‐2)「スウィフト社製産業映画“Carving Magic”(1959年)を読み解く ― 50年代アメリカ中産階級にとっての食肉」

  • 岡田尚文(学習院大学大学院博士後期課程)/司会:山本佳樹(大阪大学大学院准教授)
  • 1959年、シカゴの大精肉会社スウィフト・アンド・カンパニー(スウィフト社)が“Carving Magic”という21分の短編映画を製作した。これは、マーサ・ローガン(Martha Logan)なる若い白人女性が、視聴者、即ち家庭のホスト/ホステスに対し、ホーム・パーティーでのかたまり肉(七面鳥、牛・豚・羊のリヴ肉やモモ肉)の切り分け方を伝授するという「手引き映画(How-to Film)」である。実は、このマーサ・ローガンとは、スウィフト社によって作り出された架空のキャラクターであり、彼女の背後には、商品やメニューの宣伝・開発を担当する女性の実働集団、「シカゴ・リサーチ・キッチン(Chicago research kitchens)」の存在があった。ローガンは、1930年代から70年代までの長きに渡り、様々な媒体で彼女らの象徴として、つまりは理想の主婦として食肉加工製品の扱い方を大衆に啓蒙し続けるのである。本報告では、“Carving Magic”のかかる社会的背景を、作品の出自・構造分析を行いつつ、また産業映画史を顧みつつ、明らかにしたい。そこから浮かび上がってくるのは、20世紀半ばにアメリカで流通し始めた大量生産食品(冷凍・加工食品)への対応に苦慮する当時のアメリカ中産家庭の様子であり、そこにおける「食肉」の重要性である。

●研究発表(2‐1)「大河内伝次郎『沓掛時次郎』の境界性 ― 1929年のメロドラマ的想像力」

  • 羽鳥隆英(早稲田大学演劇博物館GCOE研究生/京都造形芸術大学非常勤講師)/司会:吉村いづみ(名古屋文化短期大学教授)
  • 日本映画史をめぐるメロドラマ的想像力の研究は、これまでにもその重要性が指摘されてきたにもかかわらず、本格的な着手が先送りされてきた課題である。特に長谷川伸の小説・戯曲の映画化作品を中心とする股旅映画は、幕末映画と並ぶ時代劇映画の中心的なジャンルとして、ハリウッドにおける西部劇映画との触発関係、あるいはスタジオ・システム崩壊期における東映任侠映画への影響関係など、メロドラマ的想像力をめぐる多様な問題機制の交差点に位置している。本発表では、長谷川伸の出世作と言われる股旅物の戯曲『沓掛時次郎』(新国劇、帝国劇場、1928年)の最初の映画化作品『沓掛時次郎』(辻吉郎監督、大河内伝次郎主演、日活、1929年)を取り上げ、その周囲に生起したメロドラマ的想像力の諸相について、動態的に考察する。具体的には、現存する映画的テクストの分析に加えて、同時代の映画雑誌、演劇雑誌、新聞その他の一次資料の言説分析、さらには映画封切りに付随して制作された主題歌『沓掛小唄』や大河内伝次郎の『ご挨拶』(共にレコード)などのパラテクストの分析も視野に収めながら、一本の映画的テクストの周囲にメロドラマ的想像力が醸成される過程を追跡する予定である。

●研究発表(2‐2)「形と音の新たな融合 ― 『発聲映画第一回公開種目』(1927)をめぐる一考察」

  • 大傍正規(早稲田大学演劇博物館GCOE研究助手)/司会:吉村いづみ(名古屋文化短期大学教授)
  • フレーム内に現れる被写体の身振りに、発話や歌声を同期させる試みは、エジソンのキネトフォンやフランス・パテ社の「蓄音機=映画 Ciné-Phonographique」のように、蓄音機と映写機を組み合わせたものから、物質としてのフィルムそのものに音を記録する方式へと移行した。フィルムの端に印画された、濃淡の色調を持つ横縞の帯をふたたび音へと還元する「発聲映画 (Phono-Film)」が、その新たな方式である。アメリカのデ・フォレスト博士が発明したこの方式を用いて日本で初めて製作された「発聲映画」が、『黎明』、『素襖落』、軍楽隊による吹奏楽『スペアミント』、『六段』、タカタ舞踏団による舞踊『ノーチの娘』等であった事は周知の事実であるが、各作品から抜粋されたショットの写真のみならず、各作品の詳細な内容を掲載した小冊子『発聲映画第一回公開種目』 (昭和キネマ発行) が現存している事はほとんど知られていない。本発表では、この新たな方式のもとで撮影された被写体に見られる諸特徴と、演劇や寄席や音楽といった音(声) に関わる新旧メディアとの相関関係を同定することで、初期サウンド映画の映画/文化史的背景を明らかにしたい。

●研究発表(2‐3)“Germaine Dulac, Feminism in black and white”

  • ドウプラド・ヤニック(名古屋外国語大学フランス語学科招聘講師)/司会:吉村いづみ(名古屋文化短期大学教授)
  • Germaine Dulac was a French filmmaker born at the end of the 19th century. First a writer for a French feminist association's magazine, she started directing movies at the beginning of the 1920's. Famous for her writings about women's rights, she was also really well-known for her involvement in the world of arts, especially with Surrealism and Impressionism. Germaine Dulac was the first French director to make feminist movies. In this presentation, we will introduce in its social and historical context one of her most famous movies: La Souriante Madame Beudet (1923). *

    *事務局注:邦題『微笑むブーデ夫人』(ジェルメーヌ・デュラック、1923)

●特別研究発表 「映画の美」

  • 純丘曜彰(大阪芸術大学芸術学部教授)
  • 美学、すなわち感性学の領域は、カントの体系に従って、感官と悟性の間に位置づけられ、バウムガルテンの言うように、感覚における「理性のようなもの」として、年来、副次的な扱いを受けてきた。それは、プラトン的な美学の伝統と相まって、外界の刺激の数学的なハーモニーと見なされ、もっぱらたんなる快不快とのみ関連づけられてきた。映画に関しても、動く画像の美の問題として、その律動や構成ばかりが問われ、その要素については、記号的なものとして処理されてきた。しかしながら、美しい映像ばかりを集めても、けっして美しい映画にはならない。それどころか、まったく美しい映像のない美しい映画がある。それが映像として美しくないのは、主観側の図式と一致しない、つまり、記号性に反しているからだ。この反証は、美学のドグマを根底から揺るがす。映像は、ときにむしろ記号性に収まりきらない生の存在のあり様を観客に突きつけ、その受容のために、観客に理性そのものの大変革を促す。人生観をも変えるこの感動と呼ばれる現象は、人間性の総体に関わり、したがって、感性は、理性よりも上位に再定置されなければならない。